日本における烏龍茶の普及は痩身や美容に効果があると伝聞されたことから始まる。1970年代に爆発的な人気であったデュオユニットピンク・レディー[2]が、美容のために愛飲していることをマスコミが1979年(1978年とも)に取り上げ、1970年前後から輸入されていた烏龍茶は脚光を浴びて、年間輸入量2トンが280トンに急増し、第1次のブームとなる。この時期の烏龍茶はお湯を用いた飲み方が主流であり、茶葉を用いる屋内使用であった。その後、粗悪品が出回りブームは下火になる。
1979年に伊藤園が中国土産畜産進出口総公司と輸入代理店契約を締結。1981年2月に伊藤園が世界初の缶入りウーロン茶として商品化。同年12月、サントリーが缶入り烏龍茶を発売し、油分の多い料理に適し、飲み口もさっぱりして後を引かないというキャッチフレーズと併せて、冷やしても美味しく手軽に飲むことができるとする日本独自のスタイルが生まれて屋外市場の展開が始まる。1983年にポッカコーポレーションと宇治の露製茶が缶入りのほうじ茶を、1985年に伊藤園が缶入りの緑茶[5]。を発売したこともあり、烏龍茶は清涼飲料水としての市民権を得ていく。酒税法の改正に影響を与えたチューハイブームのピークである1985年には、焼酎を烏龍茶で割ったウーロン割りが現れ、1991年にはレゲエパンチが生まれ、需要が更に伸びる。この時期が烏龍茶の第2次ブームとなる。
缶入り烏龍茶のトップブランドのサントリーは、飲食料品の製造販売会社の永谷園と共同開発した夏季限定商品として冷やした烏龍茶を用いた茶漬けを2005年5月 - 8月に発売し、永谷園は2002年から販売している冷やし茶漬けのイメージの定着を、サントリーは消費の更なる拡大を図る。
2005年現在における烏龍茶を含む茶系飲料水の消費量は、全清飲(社団法人 全国清涼飲料工業会)のソフトドリンクの品目別生産量の推移によると炭酸飲料・コーヒー飲料が横這いに推移し、果汁飲料が下降線を示している中で茶系飲料は徐々に上昇しており、同工業会発刊の『平成十年清涼飲料総合調査』では好きな清涼飲料水の1位になっている。
本場中国では、烏龍茶は福建省、広東省という限られた地域で飲まれているものであり、かつ熱い茶を自分でいれてのむことしか考えられなかったが、1990年代後半に、サントリーが上海でペットボトル入りの烏龍茶発売を検討した際、上海では、加糖タイプの台湾系ウーロン茶が販売活動を開始しており、サントリーもそれに倣って加糖、無糖二種のペットボトル入りウーロン茶を発売した。 その後台湾大手の統一食品もペットボトル入りに参入、現在は地元中国のメーカーも類似の清涼飲料水を発売している。ただし、中国での主流は砂糖を加えたものであり、無糖のものを探すのには骨がおれる状態であったが、今2011年現在では無糖のウーロン茶が大変普及しており、コンビニ、スーパーなどで手軽に無糖のウーロン茶を買うことができる。

ウーロン茶には重合ポリフェノールという烏龍茶特有のポリフェノールが含まれており、これは脂肪の吸収を抑え、脂肪分解を促進する働きがあるため、ダイエットによいとされる。近年ではその効果が注目され、健康食品としても飲用される。サントリーは2006年に特定保健用食品として黒烏龍茶を発売した。また、カフェインが含まれるため興奮作用や利尿作用がある。

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鉄観音(てっかんのん
鉄観音は福建省南部の安渓県が産地で南岩といわれる種。台湾や広東省でも作られている。生産量は烏龍茶全体の5%ほどの割合を占める。名の由来には諸説ある。日本でも有名な烏龍茶である。
武夷岩茶 (ぶいがんちゃ)
中国福建省武夷山市の武夷岩茶は烏龍茶の代表的銘茶として、また英国人によるインド産紅茶の原型となったお茶としても名高く、その中でも大紅袍(だいこうほう)は、国が管理する茶樹で国賓待遇の客に提供される。 また白鶏冠・水金亀・鉄羅漢などが四大岩茶として知られている。
凍頂烏龍茶 (とうちょううーろんちゃ)
台湾・南投県鹿谷郷東部の山腹で栽培される烏龍茶の名称。現在では台湾の広範囲において栽培されており、台湾を代表する烏龍茶として認知されている。味は緑茶に近いが、殺青(茶葉の加熱処理)の方法が日本茶とは異るため日本茶とはまた別の、独特の爽やかな香りがする。
水仙
広東省と福建省で生産される。香港では有名な烏龍茶で、烏龍茶といっても分かってもらえず、「水仙」と言わないと烏龍茶が飲めない場合がある。
東方美人茶
台湾東北部の新竹県峨眉郷などで取れる。ウンカによって葉が喰われることで、独特の香りと味わいが生まれる。しばらくしてヨーロッパに輸出されたが、実際に人気が出始めるのは19世紀末から20世紀に入ってからで、英国で名付けられた「オリエンタル=ビューティ(Oriental beauty)」(現在、ビクトリア女王が名付けたという説が巷に広がっているが、年代的におかしい)の訳語として、東洋では響きの美しい「東方美人」が定着した。清代・日本統治時代の頃から台湾の重要な輸出産品であったが、近年では台湾国内でも消費量が増えている。
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